うつと建築

うつ病でも設計事務所で働けるのか?自己検証の日々を綴ります。

人生の豊かさは「気づき」の総量かもしれない

人生の豊かさは気づきの総量...そんな言い方は大げさかもしれないが、今日はそう思えるような一日だった。言い換えると、人の温かさに触れた日かもしれない。

 

今日は朝からビックサイトで行われている建築材料展に参加してきました。

調子が悪かったので朝起きられず、後から合流するかたちに。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。。。

展示会の内容はマニアックなので置いておいて、メインは夜の飲み会での話し。

 

個人的な話しになりますが、うつになりやすい人にはもしかしたら同じような悩みを抱えている人が多いかもしれないので書き残そうと思います。「普通の人が悩まないようなところで異常に悩んでしまう性質」についてです。

 

自分「コンペ、基本設計と進んで、実施設計に入った時にどうしたら良いか本当に分からなくなってしまって...」

先輩「え、なにが分からないの?ていうか分からなくていいじゃん。」

自分「???」

 

最近の私の悩みは、すごく細かい設計までできていなければ実施設計の時にはいけないのではないか、という感覚に襲われることでした。

 

先輩「こうしたい、こう見せたいという意思表示が君にとって一番大事なことで、その先の細かいことは考えてくれる人がたくさんいるんだから。それに僕(実務20年以上のベテラン)でも分からないものは分からないよ。棟梁と一緒に考えるんだよ。」

大先輩「俺も未だに分からないことはいっぱいあるよ。(実務50年以上の大ベテラン)」

自分「!!!」

 

分からなくていい。

 

どうすれば良いのか途方に暮れていた私にとってその答えは衝撃的な「気づき」でした。分からなくていいのか。聞けばいいのか。一緒に考えてもらえばいいのか。

 

さらに、遅れたことに対しても、

先輩「今日は来てくれただけで良かった。最近元気がなかったから、話だけでも聞けて良かったよ。」

自分「・・・(泣きそう)」

 

辛くて、何もかもが嫌で投げ出したくても、心配してくれている人が居ること。狭くせま~くなっている視野に「気づき」という広がりを与えてくれる人が居ること。それだけで少しでも前に進めるのではないかと思えました。

 

明日になったらまた死にたくなってるかもしれないけど、今日この一日は大事にしたい。この「気づき」や触れる温かさの総量を増やすことが、本当の死に直面した時に「豊かな人生だった」と思えるポイントなのかもしれないなあ。

坂口恭平さんに電話してみた

090-8106-4666

ブログをつくろう思ったきっかけは、坂口恭平さんに電話したことから始まりました。

詳しくはリンク(坂口恭平 - Wikipedia)を見てほしいのですが、自殺者ゼロを推進している人です。肩書がいっぱいありますが、一言で表すと「芸術家」かもしれません。

ウィキペディアに電話番号を載せているうつ病の人からするととてもありがたい人です。

 

私は路上で車にひかれようとしていた時、たまたま目に入った心療内科に駆け込み、双極性障害躁鬱病)」という診断を受けました。

(今は「うつ病」という診断になっていますが。)

診断された時はもう人生終わったかのような衝撃にみまわれたのですが、それでもなんとかしよう、そもそもどんな病気なのかと自分で調べている内に彼にたどり着きました。

 

建築学科」「双極性障害」「執筆者」自分との共通点や興味が重なり、

坂口恭平 躁鬱日記』『坂口恭平のぼうけん』『現実脱出論』を始めいくつかの著書を読むことで、うつ状態はそんなに悪いことではないかもしれない」と思えるようにもなりました。これは自分にとっては非常に大きな転換点になりました。

もし本当に打つ手がなく、目の前が真っ暗な人は上記の本を読んでみるのも良いかもしれません。

 

お守り代わりにと電話帳に番号を登録してから3年半、先日、独りで死にたい気持ちに向き合うことに耐えられなくなり、ついに電話をかけてしまいました。

 

電話の内容を要約すると、

Q1:死にたいのですがどうしたらいいでしょうか。

A1:死にたいというのは、他に形容する言葉を持ち合わせていないから出てきているにすぎないかもしれない。本当は別の欲求なのかもしれない。

 

Q2:建築をやっていて大丈夫でしょうか。

A2:うつ状態」の時が本当は一番何かをつくるのに良い精神状態だ。だから今つくれ。(レヴィ=ストロースを読め。黒川紀章を読め。建築も根源は言語だ。)

 

Q3:恭平さんはうつ状態の時いつもどうしていますか。どうすればいいでしょうか。

A3:他の人がどうしているか(どうしていたか)を知ってもしょうがないことだ。

 

あまりにも死にたい気持ちが強い状態だったので全然頭が回らなかったのですが、自分が建築をやっていることを伝えたうえで他にも色々なアドバイスを受けました。

ちなみに、どうすればいいのか本当に分からなくて困っていたので3番目の質問を長めにした結果、

 

「他人を気にしていてもしょうがない。お前は坂口恭平テスト0点だ。」

 

と言われました。(結構ショックを受けました。笑)

でも最後に、「さっきまで死にたいとしか考えられなかった奴が、今は他のことを考えられているだろ?」と言われ、救われる思いでした。

 

電話から数日経って、調子は相変わらず悪いものの、だからこそ何かつくろうと思い立ち、ブログを始めてみました。また設計も進めようと思います。

 

もしこれから本当に辛いとき、彼に電話をしてみるのは有効な手段の一つだと言えます。助けてくれます。力になってくれます。独りではないのだと、そう思えます。

それに、私が0点をとったことでこれ以上低い点数にはならないので、安心して電話してください。そして電話の内容をこっそり教えてもらえたら嬉しいです。

誰がために鬱は鳴る

初めまして。nです。

小学校から高校までサッカーに明け暮れたのち、大学の建築学科に進みました。

 

普通に生きてきたつもりでしたが、

ちょうど4年くらい前、大学4年生の終わり頃にうつ状態と診断されました。

 

卒業論文と卒業設計の大詰めを迎えていた時期だったため

受けたダメージは半端ではなく。

なんとか乗り切った!と思ったのも束の間、それからは辛い日々の幕開けでした。

「なんで自分がこんな目に...」何百回心の中で唱えたかわかりません。

 

 

片っ端から体調を良くしようと様々なことに挑戦して、なんやかんや大学院を卒業し、

無謀にも設計事務所に就職をしてそろそろ3年目を迎えます。

 

ここ2年ほど一応元気にやっていたのですが、最近またうつ状態に。

 

希死念慮の海を泳ぐ毎日ですが、何とかしたい。確かにそう思って生活しています。

そしてこのブログの一番の目的も、体調の改善にあります。

 

もう一度「片っ端から挑戦したこと」を振り返りながら、同じように絶望している人たちと、もがきたいと思っている人たちと情報共有するためにブログを書いていきたいです。

 

他にも、意外と知られていない建築についての情報も書いていければ、と思います。

 

ほんの1ミリでも誰かの助けになれば、自分も鬱になった意味があったのかな、と思える気がします。

 

 死にたいと思う毎日だけど、いつか皆で笑える日が来ることを願って。